養鶏の工業化と揺らぐ「種の多様性」 国家間の対立続く世界のなかで(前編)
この何年も冬の到来を緊張して受け止める、それも「戦々恐々として」と言っても過言ではないのが養鶏農家の人びとでしょう。すでに今年も鳥インフルエンザの感染拡大がマスメディアを通して報じられるようになりました。冬季、とりわけ師走から年明けにかけて鶏卵の需要は高まり、鶏卵価格も年間を通じて最も高騰する時期だけに農家の不安はいやますばかりです。その予防について専門家の助言を経て農水省も検討を重ね、さまざまな情報を発信していますが、残念ながら抜本的に有効な対策を見いだせないのが実状のようです。
鳥インフルエンザの世界的流行の背景には、限りなく独占に近い鶏の品種改良ビジネスと養鶏の工業化があるとの指摘を耳にします。実質1社の多国籍企業が販売する鶏種が国際市場を席捲し、「種の多様性」が消失しつつあり、それが感染の拡大要因になっているのではないかとの問いかけでしょう。これに拍車をかけるのが効率とコスト削減を最大限追求した数百万羽規模の大量飼育型の養鶏であり、やはり感染拡大の要因になるのではないかというのです。
とはいえ、こうしたリスクをはらんだ生産構造が「物価の優等生」と評される鶏卵の廉価販売を支えているのは紛れもない現実です。この生産供給構造が2021年からの新型コロナ禍と2022年以降のウクライナでの戦乱、さらには中東での殺戮(さつりく)合戦に起因する国家間対立の激化によって大きく揺るがされ、そこに鳥インフルエンザという自然の脅威が暗い影を落としています。危機感を煽るようで恐縮ですが、いつ採卵鶏の輸入が途絶してもおかしくない状況であるのは容易に否定できません。
というのも、日本国内で産卵する鶏の曾祖父母(純血統鶏)は海外の農場で飼育されており、国内には祖父母、父母の代しかいないとされているからです。それでも持続可能な品種改良は可能だろうと思われるかもしれませんが、現在と同水準以上の「性能」を持つ鶏を開発(作出)するには曾祖父母の存在が不可欠です。この課題の克服に日夜尽力し続けているのが岐阜県各務原市の後藤孵卵場です。(食料の生産には「時間」と「空間」の制約がある ――消費者はもっと「種」の保存に目を――│生協の食材宅配 生活クラブ生協)。
後藤孵卵場は自国内での品種改良が持続可能な「鶏種」の開発を続けながら、創業時の原点である小規模・家族経営の養鶏農家へのヒナの供給に力を注いでいます。その理念に賛同し、生活クラブは後藤孵卵場との提携関係を深めてきました。今回はたまごの話をいたしましょう! 希少な純国産採卵鶏「ゴトウもみじ」の養鶏場を訪ねて│生協の食材宅配 生活クラブ生協で紹介した養鶏農家を再び訪ね、改めて話を伺いました。とかく食品の「価格高騰」に目を向けた報道が目立つなか、自分はどんな鶏卵を求めるのかを考える機会にしてもらえれば何よりです。
岐阜県下呂市 のびのび養鶏場
祖父が考案した「養鶏法」に手応え感じて ―小さな鶏舎5棟で500羽 毎日400個―
岐阜県のJR飛騨金山駅から車で山間を20分ほど走る。棚田が広がる緩い坂道のなかに、年季の入った手作り感あふれる鶏舎が見えてきた。「コッコッコ」とたくさんの鶏の鳴き声が聞こえてくる。それが「のびのび養鶏場」の入り口だ。この養鶏場が生産販売するのは「自然卵」。自家配合した発酵飼料と無農薬で耕す畑に生えた草などで育てた鶏の卵である。母鶏は県内の後藤孵卵場が作出した「もみじ」と呼ばれる品種で、日本国内で持続的な品種改良が可能な「国産鶏種」だ。農場を営む中村建夫さん、ことりさん夫妻は、鶏本来の習性を極力阻害しない「自然卵養鶏法」で飼育する。この飼育法はことりさんの祖父の中島正さんが考案し、社会に広めた独自の「平飼い法」である。(中島正さんの足跡については後述)
農水省の統計によれば、日本の鶏卵自給率は98パーセントとほぼ完全自給に近い水準にある。しかし、後藤孵卵場が作出する「もみじ」と「さくら」のように国内で持続的な品種改良が可能な鶏(種)となると、わずか4パーセント足らずとなってしまう。建夫さんは「飼料も輸入がほとんどです。だからこそ自然卵養鶏法が必要。この方法なら、卵の生産がだれにでも可能なことを一つの知識として持ってくれてさえいれば、だれもが卵の自給ができる可能性が出てくると私は考えています」と力を込めて話す。
近年の養鶏業者の経営は、ケージ(かご)飼いで1棟20万羽クラスの窓のないウィンドレス鶏舎が基本とされる。6棟で120万羽、12棟で240万羽という単位で飼育する大規模養鶏も珍しくない。対して中村夫妻が育てるのは500羽。鶏は手作り感あふれる小さな鶏舎で平飼いされ、降り注ぐ日光と飛騨の山間を流れてくる風、山が生み出す清涼な水と滋養に富んだ大地のなかで文字通り「のびのび」と育つ。
中村夫妻の保有する鶏舎は5棟。毎日400個程度の卵を集卵し、1パック6個入り600円で販売する。スーパーなどの小売店で販売されている卵の平均価格(2024年10月取材時)は10個入りパックで259円前後だから、1個あたり2.3倍の価格となるが「おかげさまで注文は絶えません」と中村さん。中村夫妻が販売する自然卵を初めて食べた人は、これまで食べてきた卵の味との違いに一様に驚き、口に入れた瞬間に「スーパーで売っている卵とまったく違う」という声が数多く寄せられるという。黄身の色は市販品より薄めだが、箸でつまむと弾力性の強さが伝わり、食べれば滋味深さを感じさせてくれる。
この数年、黄身が赤っぽい色の鶏卵が人気というが、そのほとんどがエサにパプリカ色素などを加えて見栄えをよくしたもの。対して自然卵の黄身の色が薄いのは、野草や独自に発酵した飼料などを食べているからだ。黄身の色が薄いと「栄養が少ないのでは」と疑問に感じる消費者も少なくないというが、そんなことは決してない。中村さんは可能な限り自然に近い環境で健康に育てた鶏が生んだ卵であることを示すため、ホームページで使用している餌や養鶏法の情報を積極的に開示し、「情報をどれだけ開示するかということが、結果的に消費者の方々が安心して買えることにつながるはずです。その情報を見て最終的に買うかどうかの選択をするのは消費者ですが、その前に情報がなければ選びようがないですよね」と訴える。
新宿のマンションから妻の実家の岐阜県へ
いまや養鶏農家の風格を感じさせる中村さんだが、元は農業とは縁もゆかりもない生粋の都会っ子だ。1988年に東京都渋谷区で生まれ、渋谷センター街の近くの小学校に通い、大学卒業後に就職した後に住んだのも新宿という。文字通り「都会の中の都会」で生まれ育ったことになる。「結婚してすぐの頃は新宿のマンションに住んでいて、玄関のドアを開けると、目の前がエレベーターでした。毎朝、ドアを開けてボタンを押すと、すぐにエレベーターが来る。その時間になると妻にいつも『会社に行きたくない……』って言っていました」と都会暮らしの日々を振り返る。
仕事がつらい。転職もしたが、大きな変化はなかった。その頃だった。頭皮の湿疹や蓄膿症に悩まされるようになった。病院で受診しても「ストレスが原因」と言われるばかり。何も根本的な解決には至らなかった。 ある日、YouTubeで食品添加物の動画を見たことをきっかけに、添加物をできるだけ摂取しない食事を心がけるようにした。妻にも協力してもらって一緒に取り組んだところ、症状が徐々に改善。妻の生理不順も治っていった。だが、新たな問題が立ちはだかった。たとえ「有機栽培」「オーガニック」と書かれていても、実際はどういう育て方がされているかはわからない。スーパーには生産者の写真が貼ってある農産品はあるが、それが本当に信頼できるものなのかもわからない。
「いくら調べてみたところで、本当に添加物が入っていないかどうかはわからないんですよね。それだったら、移住をして自分たちで食べものを作ろうと考えるようになったんです」
後編に続く
撮影/越智貴雄 取材/西岡千史
仕事がつらい。転職もしたが、大きな変化はなかった。その頃だった。頭皮の湿疹や蓄膿症に悩まされるようになった。病院で受診しても「ストレスが原因」と言われるばかり。何も根本的な解決には至らなかった。 ある日、YouTubeで食品添加物の動画を見たことをきっかけに、添加物をできるだけ摂取しない食事を心がけるようにした。妻にも協力してもらって一緒に取り組んだところ、症状が徐々に改善。妻の生理不順も治っていった。だが、新たな問題が立ちはだかった。たとえ「有機栽培」「オーガニック」と書かれていても、実際はどういう育て方がされているかはわからない。スーパーには生産者の写真が貼ってある農産品はあるが、それが本当に信頼できるものなのかもわからない。
「いくら調べてみたところで、本当に添加物が入っていないかどうかはわからないんですよね。それだったら、移住をして自分たちで食べものを作ろうと考えるようになったんです」
後編に続く
撮影/越智貴雄 取材/西岡千史