提携50周年記念!醤油の生産者へ新たな木桶を寄贈します[前編] 全国でも数人の桶職人を組合員と訪問

青島桶店(静岡県藤枝市)にて
生活クラブと醤油の提携生産者・タイヘイ株式会社(千葉県匝瑳市)は、2025年に提携50年を迎えました。この節目に自然垂れ製法の丸大豆醤油と減塩醤油をセットにした「提携50周年記念丸大豆醤油セット」を取り組み、価格の一部を活用して、醤油づくりに欠かせない「木桶」を生産者に寄贈します。
2026年1月末に組合員4名が、静岡県藤枝市の「青島桶店」を訪問し、寄贈する木桶がどのようにつくられるのかを見学しました。見学の様子は「前編」、木桶の寄贈式を「後編」として2回にわたり紹介します。
2026年1月末に組合員4名が、静岡県藤枝市の「青島桶店」を訪問し、寄贈する木桶がどのようにつくられるのかを見学しました。見学の様子は「前編」、木桶の寄贈式を「後編」として2回にわたり紹介します。
醤油のおいしさを後世に伝える「木桶」
生活クラブの「L‘s丸大豆醤油(以下、丸大豆醤油)」は、提携生産者・タイヘイ株式会社(以下、タイヘイ)がつくるオリジナルの醤油です。1974年にデビューして以来、生産者と生活クラブの組合員は意見を交わしあいながら丸大豆醤油をつくりあげてきました。
丸大豆醤油は伝統的な木桶仕込み製法で、約1年かけて醸造するのが特徴。蔵や木桶に棲みつく微生物の働きを利用して発酵・熟成することで、味わい深く芳醇な醤油ができあがります。醤油の木桶は約150年使い続けられます。
丸大豆醤油は伝統的な木桶仕込み製法で、約1年かけて醸造するのが特徴。蔵や木桶に棲みつく微生物の働きを利用して発酵・熟成することで、味わい深く芳醇な醤油ができあがります。醤油の木桶は約150年使い続けられます。

木桶を組む様子
いざ、木桶づくり
組合員は自分たちが寄贈する木桶がどのようにつくられるのか見学しました。この木桶は3メートル×3メートル、50石(約9,000リットル)もある大桶です。
木桶の木材には奈良県吉野地方の吉野杉のなかでも、年輪の幅が狭くて密度が高いものを厳選。液漏れしにくく長く使用できる良質な杉の調達が、近年では林業の衰退で入手困難になってきました。青島桶店では杉を製材屋で丸太の状態から板状に切り出し、水分を飛ばすために半年~約1年かけて乾燥させます。
乾燥させた杉は側板にするために、“かんな” をかけてキレイに整え、4枚1組の束にして、さらにかんながけしていきます。職人の絶妙な力加減で、真っすぐの板をアールの美しい曲線に削り仕上げていきます。丸みがかった木桶づくりには、この作業が重要です。
木桶の木材には奈良県吉野地方の吉野杉のなかでも、年輪の幅が狭くて密度が高いものを厳選。液漏れしにくく長く使用できる良質な杉の調達が、近年では林業の衰退で入手困難になってきました。青島桶店では杉を製材屋で丸太の状態から板状に切り出し、水分を飛ばすために半年~約1年かけて乾燥させます。
乾燥させた杉は側板にするために、“かんな” をかけてキレイに整え、4枚1組の束にして、さらにかんながけしていきます。職人の絶妙な力加減で、真っすぐの板をアールの美しい曲線に削り仕上げていきます。丸みがかった木桶づくりには、この作業が重要です。

組合員がかんながけにチャレンジ。「結構、力がいる作業ですね。この重さで、木を削る角度を決めるのも、一定の厚みにするのも大変!」と息を切らしながら体験しました。

かんながけした後の4枚1組の束。美しい曲線の木の束をつくるために、一つの木桶をつくるのに約1000回もかんながけをしていきます。

板と板をつなぎあわせる“竹くぎ”。職人は作業の合間を縫って竹くぎも手づくりします。木と違い、竹はしなやかで強度も出ます。

筒状になった木枠に丸い底板を上から落とし込みます。胴突(どうつき)と呼ばれる角材を上から下に落として、底板をはめていきます。工場内に「ドォォン!」という重低音が響きわたりました。
竹たがでつなぐ、木桶の輪
もうひとつ、木桶づくりに欠かせないのが “竹たが(箍)” です。竹たがとは、木桶を締める重要な部品。竹たがの原料には京都府産のマダケ(真竹)を使いますが、現在、日本におけるマダケの生産量は減少しています。原因は外来種の大型の竹・モウソウチク(孟宗竹)の繁殖が拡大していることに加え、気候危機の影響があるといいます。温かい気候が続くことで、マダケの中に虫が侵入し、内側から竹を食い散らかす被害も増えています。青島桶店では防虫対策のため、夏場を避けて冬の間にマダケを伐採し、約2週間塩水に漬けて乾燥させたのちに加工に使用しています。
以前は竹たがを編む “たが職人” がいましたが、今では桶職人が兼任しています。良質な竹の入手も困難になっています。また、醤油生産者に納品後のメンテナンスも困難になるため、今回寄贈する木桶は竹たがと鉄(ステンレス製)のたがを組み合わせて製作します。150年先まで使う木桶だからこそ、鉄のたがも取り入れ、木桶の強度や使い手の利便性を高めました。
以前は竹たがを編む “たが職人” がいましたが、今では桶職人が兼任しています。良質な竹の入手も困難になっています。また、醤油生産者に納品後のメンテナンスも困難になるため、今回寄贈する木桶は竹たがと鉄(ステンレス製)のたがを組み合わせて製作します。150年先まで使う木桶だからこそ、鉄のたがも取り入れ、木桶の強度や使い手の利便性を高めました。

1本の竹から6~8本くらい均等に割いた竹は、15~20メートルほどの長さ。その竹を2本使い、足で押さえながら輪をつくっています。

使用する竹は2本1セットで合計10本。職人の知識と勘を頼りに素早く編まれた竹たがは、竹と竹が双方に引っ張る力をいかして固く締まります。

完成した輪状の竹たがを木桶にはめ込む様子。重さはなんと約30キロ!

ハンマーで竹たがをたたき落とします。一つのたがを締めると、ほかのたがが緩んでいくので都度ハンマーでたたいていきます。
日本の暮らしは「木桶」とともにあった

青島桶店で製作されている桶
「木桶」といえば、古くから寿司桶やお櫃(おひつ)、水を入れる手桶、風呂桶など、日常生活に欠かせない存在でした。しかし、高度経済成長でプラスチック製品などが普及するようになり、木桶の利用が減ったことで桶屋の廃業が加速。醤油をつくる木桶も短期間に大量生産できるホーローやステンレスのタンクが主流になり、木桶仕込みの醤油の生産量は日本全体のわずか 1%。醸造用の木桶をつくる職人も全国でわずか数人と希少になりました。
1925年創業の青島桶店は今なお、あらゆる桶製作のオーダーに応えつづけている桶屋です。醤油や味噌を仕込む大桶をつくりはじめたのは、3代目の青島和人(かずと)さんの代から。現在、和人さんと、甥っ子の4代目・正知(まさかず)さんの2人体制で製作しています。

(左)青島和人さん、(右)青島正知さん
「私が生まれた頃には家の中に作業場があり、桶は生活の一部でした。私が桶職人になることを意識し始めたのは、専門学校を卒業して7~8年間、ホテル勤務を経験したあとのこと。桶屋の相次ぐ廃業に加え、当時の工場を支えた職人の高齢化や父親の病気が重なり、家業を継ぎました。始めた当初は “数を売ること” を重視していたこともありましたが、桶職人として研鑽を積んでいくにつれ、『本当に桶を必要としてくれる人だけにつくろう』と想いが変わってきました。継いだ頃と変わらないのは、日本中に桶屋がひしめきあっていた時代から数えてもベスト5に入るような桶屋でいたいという気持ち。博物館に並んでいるような木桶にも負けないものにしようと日々つくっています」
正知さんは「この仕事は経験のなかでセンスを磨いていく職業」と語りながら、桶職人をめざしたきっかけを教えてくれました。
「小さい頃はよく工場に遊びに行き、端材でいろんなものをつくらせてもらいました。そのせいか、自然とものづくりへの興味がわいてきたんです。大学を卒業して、両親や親方(和人さん)の反対を押し切り、桶職人の道を歩むことに。大阪での修業期間を経て、2022年に青島桶店に戻ってきました。いまは桶職人として、ひたすらがんばって生きていきたいです。日々うまくいったこととか、親方に認められたいという気持ちが、職人としてのモチベーションを高めてくれています」
正知さんは「この仕事は経験のなかでセンスを磨いていく職業」と語りながら、桶職人をめざしたきっかけを教えてくれました。
「小さい頃はよく工場に遊びに行き、端材でいろんなものをつくらせてもらいました。そのせいか、自然とものづくりへの興味がわいてきたんです。大学を卒業して、両親や親方(和人さん)の反対を押し切り、桶職人の道を歩むことに。大阪での修業期間を経て、2022年に青島桶店に戻ってきました。いまは桶職人として、ひたすらがんばって生きていきたいです。日々うまくいったこととか、親方に認められたいという気持ちが、職人としてのモチベーションを高めてくれています」
150年先まで届け!組合員からのメッセージ

生活クラブ静岡・理事長の平山和美さん
生活クラブ静岡・理事長の平山和美(かずみ)さんは、今回の訪問を次のようにふり返りました。
「木の重さや質感、木桶の中に入ってみた感じのスケール…。木桶づくりを間近で体験できる貴重な1日でした。木桶づくりは“竹くぎ”一本から職人たちの手づくりで、繊細ですごく手間がかかるものなんですね。この木桶で醤油を仕込むと思うと、とても愛しい想いでいっぱいです。醤油は日本伝統の食文化。私たちは木桶仕込みの醤油を、食べ続けて未来につないでいきたいです」
「木の重さや質感、木桶の中に入ってみた感じのスケール…。木桶づくりを間近で体験できる貴重な1日でした。木桶づくりは“竹くぎ”一本から職人たちの手づくりで、繊細ですごく手間がかかるものなんですね。この木桶で醤油を仕込むと思うと、とても愛しい想いでいっぱいです。醤油は日本伝統の食文化。私たちは木桶仕込みの醤油を、食べ続けて未来につないでいきたいです」
木桶づくりの職人技を目の当たりにし、丸大豆醤油の魅力をあらためて感じた組合員。底板には、木桶やこれから仕込まれる醤油に対する一人ひとりの想いを筆でしたためました。このメッセージが次に見られるのは、木桶を解体する150年後かもしれません…。これから長い年月を醤油とともに醸されていきます。




底板の側面に思い思いのメッセージをしたためる組合員
>次回は「醤油の生産者へ新たな木桶を寄贈(後編)」。お楽しみに!
【2026年3月17日掲載】
