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【東日本大震災 復興支援活動10年】生産者支援

重茂漁業協同組合

子どもたちに語り継いでいきたい 3.11の教訓を忘れないために

震災の大津波で岩手県宮古市の重茂漁業協同組合(以下、重茂漁協)では組合員保有の漁船の98% に当る798隻が流出、わかめ・昆布の養殖施設など約50施設を失いました。翌日には災害本部を設置、資金は漁協が工面し、当面の間、水揚げの収益を全組合員に平等に分配するなどの方針を決定。失った船の手配や施設の再建に力を尽くしました。生活クラブはカンパの一部を漁船の購入資金として贈るなど被災直後から物心両面で支援。生産量は震災前に近い水準まで復活しています。代表理事組合長の山崎義広さんに話を伺いました。
山崎義広重茂漁協代表理事組合長
生活クラブのカンパをもとに建造した「第二与奈丸」
●重茂地域の復興の様子はどんな状況ですか?
山崎 当時は伊藤隆一前組合長が中心となり、漁協の組合員が一丸となって復旧・復興にあたりました。あれから10年、生活クラブの皆さんの応援のおかげもあり、公共の施設、漁協の施設、海上の定置網や養殖漁業の施設も、震災前とほぼ同程度にまで復活してきました。しかし、課題はまだあります。住宅をはじめ個人の施設の被害もあり、なかには建てたばかりの家を津波で流され、二重ローンに苦しむ方もいます。漁協としてはそういった方を手助けする必要があります。

●現在の重茂の課題とめざす未来についてお話しください。

山崎 近年、海水温の上昇が問題視されるなか、天然のわかめや昆布の減少によりアワビやウニのえさが不足し、また、定置網漁業の主力であるサケの漁獲量が2、3年前から激減しています。初代組合長の西舘善平は50年も前に「天恵戒驕(てんけいかいきょう/天の恵みに感謝して驕ることを戒める)」という言葉で、「自然との共存共栄を図るため、天然資源を乱獲せず養殖などで自ら不足分を補うべし」と提唱しました。重茂の恵まれた自然環境を子孫へ残していくためにも、今こそ原点に還って実践すべき時期かもしれません。海の環境変化に合わせて、新たな養殖・半養殖の試みなど、できることをすすめていく必要があると思っています。

●生活クラブの支援活動についてはどうでしょう?

山崎 大震災をきっかけに、組合員の皆さんの温かさをあらためて感じています。多くのカンパが届けられ、その一部で3隻の定置船をつくることができました。生活クラブ岩手の皆さんには、震災直後から物資の支援をはじめ、2011年7月には事務所の前でバーベキュー大会を開催していただいたり、また、その日に定置網で獲れた魚を詰めて届ける「重茂パック」の取組みなど、幅広く助けていただきました。2021年1月、漁協の加工場の前に体験交流施設が完成しました。宮古市の復興応援資金でつくられた施設ですが、重茂漁協が管理を任され、わかめの芯取りや焼きウニ製造体験などを企画中です。ぜひ産地へ直接、足を運んで楽しんでください。

●3.11を経験して、今、組合員に伝えたいメッセージは?

山崎 何より、東日本大震災の津波を決して忘れてはいけないということです。2019年には台風が直撃し、小川から大量の土石流が流れて道路が寸断する「山津波」が起こりました。私たちは地元の小中学校へ出前授業に行き、この体験を伝える活動を続けています。組合員の皆さんにも、ぜひ、子どもたちに語り継いでいってほしいと思います。

2011年3月11日の震災時に岩手県宮古市の音部漁港を襲った青い津波(写真:重茂漁協)

㈱高橋徳治商店

「こころのふっこう」は、迷い道 迷って立ち止まり落ち込んでこそ見えたもの

宮城県石巻市に本社があった1905年創業の練り製品、水産冷凍食品の生産者。津波の被害で本社工場を含め3工場が全壊。従業員79名を全員解雇せざるをえない状況のなか、2013年7月に東松島市に新工場を建設。現在は、野菜加工場も立ち上げ、地元のNPO法人と連携して就労・自立支援も行なっています。代表取締役社長の高橋英雄さんに話を聞きました。

操業再稼働第一号となったおとうふ揚げの火入れ式
●10年を振り返って今感じるのはどんなことですか?
高橋 私たちはあの津波でそれまでに得てきたものすべてを失いました。震災前に戻るんだ「復興だ」の掛け声で、がむしゃらに走っていました。そんな中、以前の暮らしや生業にただ戻ることが正しいのか、私たちは本当にこころ豊かで幸せだったんだろうか、そんな疑問から周りでは当たり前となっていた会社の再開について悩みました。この震災であらわになった「何かおかしい」と感じる社会的課題を被災地から発信してきましたが何ひとつ解決できていない。この10年、ますます酷く大きく全国に拡がった憤りと悲しさで苦しくなります。

●再建へ向け、前に進むきっかけになったことは?
高橋 4つの体験が私の分岐点です。延べ1,000人を超える生活クラブの組合員や職員の支援を受け、その思いを知ったこと。人への強い思いやりを持ちつつ、自ら考え話し合い行動したユートピアのような避難所での経験。貧困や児童虐待・格差やDV・ネグレクトや不登校や鬱と孤立・効率や生産性の中で心が荒む、そんな社会が作った引きこもりの若者たちとの出会い。家族や友人を津波で失い、自失のスタッフ達と自分自身の心の問題。この二つの未来と二つの悲しい課題は「こころのふっこう」という言葉で繋がっていきました。ただの再建ではなく、この地に二つの未来を作るという思いと事業の両輪のはざまで迷い迷った末に、「ここで必要とされる会社になるんだ」と、2011年の初夏、会社を再建することを決めました。

●新たな事業を決断するのは経営的にも大きなリスクがともないますが、なにか覚悟のようなものを感じます。
高橋 2013年に20億円の新規の長期借入をして東松島市の高台に新工場を竣工、売上げが戻らないまま2018年には野菜加工場をつくりました。NPOを通じて紹介された就労訓練の若者たち(心も言葉も感情も閉ざし、この世界で邪魔者だと自己否定してきた彼ら)が加工場での作業を通じて自分を変えていくのは大変なことです。単なる作業ではなく、この工場を居場所にして、毎日一緒に工夫し、悩んだり考えたりしながら、こころ豊かに夢を持った仕事をしてほしいと願っています。現在は、野菜加工場に6名が就職でき、練り製品工場のスタッフにも素晴らしい変化がありました。温かさは他には負けないスタッフたち。見果てぬ二つの未来に向けて、夢の途中です。

●生活クラブの組合員に期待することをお聞かせください。
高橋 組合員、職員の皆さんは震災直後からボランティアやカンパ活動、励ましのお便り、消費材の利用など、本当に熱く支援をしてくれました。生活クラブは「素晴らしく変な生協」。生活クラブにしかないスピリッツを感じます。組合員の皆さんの中には、被災者に何ができるかを問い続けている方が沢山います。ぜひここにきて見て聞いてほしい。
もし何かを「自分事」として気付いたら、ご自宅や地域で少しでいいです、変えていってください。そうした共感共鳴は互いの知恵を生み、皆さんも「こころのふっこう」に繋がっていきます。それが熱い支援のあの時の思いを根付かせ継ぐことになると信じています。おかげさまで、私たちは悩みながらもここでしっかり“灯あかりっこ”になっています。
流されてきたタンクで破壊された第一工場
高台の神社に避難していた高橋さん(右)。ここが支援の拠点となった

㈱丸寿阿部商店

奇跡的に残った加工場での再建を決意 「安心」に向けて支援できる側でありたい

宮城県の北部海域で育てられた養殖かきを加工・出荷している宮城県南三陸町の生産者。県内の養殖施設が壊滅的な被害を受けるなか、奇跡的に無傷で残った加工場の製造ラインで、広島県産のかきを代替原料にして2011年12月に取組みを再開。2014年には被災後、生産を再開した宮城県唐桑産のかきを使っての加工をはじめました。また、県内の原料かき生産者のASC 認証*取得を支援するなど、地域復興へ向けた漁業者支援にも力を入れています。代表取締役の阿部寿一さんに話を聞きました。
2014年から供給を再開した宮城県産のかきを手にする阿部寿一さん(右)と宮城県漁協・唐桑支所の畠山政則さん(左)
2013年1月、カンパの贈呈式が唐桑で行なわれた
●震災直後の様子はいかがでしたか?
阿部 大津波で道路が寸断されたなか、生活クラブ岩手の方が中心となり、3月中にはほかでは考えられないような恵まれた支援物資を避難所に届けていただきました。温かな食べ物があると次に向かっていく力になりますね。その後も原発事故の風評被害もあるなかで消費材をずっと応援していただき本当に感謝しています。地域の復興のために自分ができることで返していきたいという気持ちも生まれました。

●宮城県産かきの復活への道のりをお聞かせください。
阿部 宮城県内で残ったかき養殖の施設は約10分の1、復活には3、4年かかるといわれていました。幸いにも当社の加工施設は被災を免れたので、社員の暮らしを守るためにもなんとか再開させたいと原料探しに全国を回りました。協力していただいた広島県産の養殖かきで持ちこたえる時期を経て、2014年にようやく地元・唐桑産かきが復活しました。

●2016年からは新たな取組みを始められましたね。
阿部 震災後、南三陸町の宮城県漁協志津川支所戸倉出張所では、できるだけ短期間にかきを育てるため、養殖密度を半分以下に減らした結果、品質のよいかきが短期間で大きく育ち、収穫量もアップしたのです。この活動により日本初のASC 認証を取得することができました。
地域の復興のために、私たちはまず漁業者支援を考えました。加工・流通業者として、認証されていないものの混入を防ぎ、製品のトレーサビリティーを明確にして管理できる業者に与えられる資格(CoC 認証*)を取得し、ASC 認証の養殖かきを扱えるようにしました。生産量を減らすのは勇気がいるため、なかなか周囲の共感を得られないのが課題ですが、一歩踏み出せば生態系や水質など環境に負担をかけずに品質・生産効率を上げ、経営効率も向上する新しいかき養殖の道が開けていきます。ぜひほかの地区の漁業者にも広めていきたいのです。

●あれから10年経った今、組合員に伝えたいことは?
阿部 今、日本のどこにも「安全」な場所はありません。でも「安心」できる方法はあるのではないでしょうか。防災用品を備える、近隣の人たちとつながる、家族と一緒にいる…それぞれにとって「安心」とは何かを考え、備えること。自分自身を守れて初めて、大切な人を助けられるのです。震災直後から支援物資を届け続けた生活クラブのように、私たちは支援できる側の人間でありたいと思います。

ASC認証:水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council)が管理運営する養殖に関する国際認証制度。持続可能な水産業のため水産資源や海洋環境を守るための厳しい取組みが求められます。ASC認証には養殖業者を認証する「ASC養殖場認証」と、認証された水産物のトレーサビリティを確実にするための「CoC(Chain of Custody:加工流通過程の管理)認証」があります
★パンフレット『東日本大震災 復興支援活動 10年のまとめ … つながる、つづける、ともにゆく』(2021年3月11日発行)の転載です。
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